フランス語学留学inトゥールNo.4  【学校主催のトゥールの歴史観光】

2005年4月4日 その4 Le 5 avril 2005, à Tours

 クラスメートとの昼食後、

 校長のエルベさんの案内で、他の新入生たち十数人とトゥールの街を観光しました。

1・トゥールはどんな街?

フランス中部に位置し、温暖な気候に恵まれ、「フランスの庭」と称される、「アンドル・デ・ロワール地方」の古都トゥール。

ルイ11世の時代には首都が置かれ、現在ではロワール川流域の古城巡りの拠点として知られています。

フランス最長のロワール川の中流にのぞみ、中世には、宗教と学術の中心でした。

バルザックの生地でもあります。

パリの南西225kmに位置し、パリからは特急で50分ほど。人口は約13万人。

トゥールのある地方は「トゥレーヌ」と呼ばれ、

丘陵の織りなす起伏のある地形が続いています

ロワール川の支流であるシェール川、アンドル川、ビエンヌ川が、

この地方の景観を独特な美しいものにしているのだそうです。

白アスパラガス、マッシュルームなどが栽培され、ブドウ畑の続く小ささ村々では、古くからヤギのチーズが造られ、パリに出荷されて来ました。

古くから川の流域に商工業が発達し、現在はワインや農産物のの集散地であり、出版、家具、薬品などの産業が盛んです。

トゥールの名前の由来は、ローマ時代住んでいた「トゥロネス」という部族から来ているのだそう。


2 街の中心★プリュムロー広場

現在制作中の私の作品です。
プリュムロー広場

ジャン・ジョレス広場が新しい市街地の中心なのに対し、

プリュムロー広場は歴史ある古い街の中心。


市民に愛され、訪れる旅人を引きつける魅力が詰まっています。

百年戦争の頃、「オルレアンの少女」

ジャンヌ・ダルクが軍隊を率いてこの広場を通ったそう。

15世紀の木骨作りの家々に囲まれ、

洒落たカフェやレストラン、アイスクリーヌ屋にクレープ屋、テイクアウトのお店が軒を連ねています。


広場の真ん中には、たくさんのテーブルと椅子が並べられ、

夏時間の間は夜遅くまで賑わうのだそう。

 

建物の2階より上は、住居になっています。

アパートとして貸し出しているので、空きがあれば住むことができます。

築500年以上経っているので、床が傾いていて住み心地には少々難があるのだそう・・・。

3 トゥールの歴史的地区

プリュムロー広場のある旧市街は、全て歩行者専用になっていて、

石畳の路地にに沿って、古い趣のある街並みが続いています。

 

カード専門店、絵本専門店、ワインショップ、画廊・・・。

個性あふれる商店がキラキラしていて、

フランスに来たばかりの私には全てが目新しく、

眺めているだけで楽しい。

 

街並みも人々も、今まで滞在したことのある

イタリアともフランスとも異なった文化のが感じられる。

トゥールには、大変良いチャコレート専門店があるのだそう。

今後、学校帰りに散策するのが楽しみです。

4 サン・ジュリアン修道院

10世紀から16世紀にかけて、ベネディクト修道会の建物がいくつも建てられました。

トゥール市のサイトに写真が載っています。


その中でも、トゥールの「サン・ジュリアン教会」は重要な歴史的建造物。

トゥール市のサイトより。


一般公開はされていませんが、トゥール市のホームページで内部の写真を見ることができます。

教会は、ロワール川にかかるウィルソン橋に続く大通り、rue National(ナショナル通り)に面しています。

地図をどうぞ。♬

★サンジュリアン教会 
サイト file:///Users/chihiro/Downloads/Laissez-vous%20conter%20l’%C3%A9glise%20Saint%20Julien%20de%20Tours.pdf

住所 20,rue Nationale 37000 Tours

教会の近くには、

修道院の共同寝室として使われていた建物があり、

現在「職人文化の美術館」になっています。

フランスには「徒弟制度」というものがあり、
職人になるには親方につい一定期間の修行をします。


見習い工たちの優れた作品が集められ、この美術館に展示されています。

修道院の集会所とワイン貯蔵庫も見学できます。

職人文化美術館  le musée du compagnonnage                     サイト https://www.museecompagnonnage.fr/le-compagnonnage/histoire

住所 8,rue Nationale 37000 Tours

5 サン・ガシアン大聖堂

サン・ガシアン大聖堂は、1170年から1547年にかけて作られた、高さ70メートルのゴシック様式の壮大な建物です。

聖堂内では、18世紀のステンドグラスや16世紀のパイプオルガン、12世紀の象牙の聖ひつを見ることができます。


大聖堂のサイト https://www.paroisse-cathedrale-tours.fr/

住所 Place de la Cathèdrale, 37000 Tours

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追記 2020年8月27日 Le 27 août 2020 ,à Hayes

【メッスのサン・ジャック広場】

先週まで40度近い猛暑でしたが、急に秋の気配。

気温がだいぶ下がり、肌寒くなってきました。

私が現在暮らしているロレーヌ地方の県都はメッス。

ここにも、トゥールのプリュムロー広場のようにレストランやカフェの集る広場があります。

「サン・ジャック広場」は、日本語にすると「帆立貝広場」。♬

 

ロレーヌ地方の中心都市メッスの
サン=テティエンヌ大聖堂。

 

メッスの人たちがこよなく愛する「サン・テティエンヌ大聖堂」に近く、夏はテラス席に集う人たちで賑わい、冬はクリスマス・マーケットで華やかになります。

フランス留学 トゥール滞在記 ♬ 過去の記事

フランス語学留学inトゥールNo.3学校の初級クラスとクラスメート♬

2005年4月5日  Le 5 avril 2005, à Tours

レベル分けテストの結果は、予想通り一番下の初級クラスでした。

一緒にテストを受けた他の5人も皆同じクラス。コースは6月末までの3ヶ月間、週20時間のレッスンが続きます。

クラスメートは大学生とワーキングホリデーの日本人が3人、会社員をしているスイス人、元公務員のアメリカ人。全員女性です。


学校全体の国籍はスイスが一番多く、次がイギリス、3位が日本。年齢層は学生から定年退職した人までと幅広く、企業や官から派遣されてくる人が多いのがこの学校の特徴です。

広間の片隅でアラブの男の子たちが一人の女の子を取り囲んで何やら嬉しそう。真ん中にいたのは高貴な家柄の”アラブ首長国連邦初の女子留学生”。

彼女は、一般のアラブの女性のようにスカーフで頭を隠す必要はないのだそう。

イギリスでもイタリアでも出会ったことのなかった世界の人たちについて知り、毎日カルチャーショックの連続です。

学校の授業と時間割

月曜日から金曜日まで、午前中に1時間半の授業が2つ、
水曜日は午後にも授業があります。

午前中の1時限目は文法中心、
2時限目は単語、読解、リスニングなどで、授業に使う本は学校が貸してくれます。

オプションで「ワイン講座」もあり、ワインに大変詳しい副校長のエルベさんの秘蔵のワインを味見できます。


学校の教材とは別に、お勧めの辞書と文法の練習問題の本を教えてもらい購入しました。

MICRO(ミクロ)という辞書を気に入って使っています

初日の2時限目の授業では、レベル分けテストで間違いのあった文章を先生が黒板に書き、どこが間違っているかを生徒たちに聞いていきました。学習者が間違いやすいポイントの説明が分かりやすく、有意義な授業でした。

クリスティーヌは北海道の大学でフランス語を教えていただけあり、日本人の弱点をよく知っていて日本人には理想的な先生。

授業に惹きつけられ、あっという間にお昼。
初日から宿題が出されました。


校内の施設

1階には古い大きな机と本棚のある部屋があり、フランス語学習の本を始め様々な本が並んでいます。授業の後は午後6時まで自習をしたり自由に使うことができます。

 

2階の一室にはパソコンが数台並んでいて、インターネットを使えます。

2020年現在、CHIHIROの仕事机

 

2階にあるテラスは広く、午前中の20分の休み時間にはコーヒーや紅茶とお菓子が用意されます。

よそのクラスの人たちと交流できる憩いのひと時も毎日の楽しみです。

CHIHIROの手作りフィナンシェ♬

語学学校の初級のクラスは、言いたいことを言葉にできないこともあって和気あいあいとしているのがいい。

フランス人の先生たちの話を聞いていると、フランス人と全く異なる日本人に対しては違いを認めてくれて大らかで友好的。反面スイス人との違いはとても気になるらしい。どこの国もそういうものなのでしょうか。人は大きな違いより小さな違いを気に気にするものなのかというのが最近私がよく考えているテーマです。



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2005年4月6日 Le 6 avril 2005, à Tours

クラスメートとランチ@初めてのフランスのレストラン

ワーキングホリデーでやってきたKさんの提案で、レストランで昼食を一緒に取ることになり、フランス初心者6人で学校の近くの店へ行きました。

クラスメートたち

Mさんは1年間大学を休学し、1ヶ月前にトゥールの近くの街アンボワーズに到着。お祖母様のお友達の日仏家庭にお世話になっているそう。1週間前に突然引っ越すことになった日仏家族について、トゥールにやってきたのだとか。計画ではアンボワーズの学校に通うことになっていたのが、突然変更になったそう。現在は日仏家族の住む建物の最上階の屋根裏部屋で一人暮らしをしています。

スザンヌはスイスの首都でドイツ語圏のBern(ベルン)出身。40歳になったばかりの背の高いショートカットの女性。さっぱりした親しみやすい人柄が魅力。
転職のため、3ヶ月の休暇を取ってフランス語を磨きに来たのだそうで、フランス人家庭でホームステイしています。夜ご飯が重すぎて夜眠れないとこぼしていました。スイスでは夜はほんの少ししか食べないのだそう。日本の夜ご飯のボリュームを見たらびっくりすることでしょう・・・。

洗濯を週に一回しかしてくれないので、靴下が足りなくなると言う話には、深く共感しました。私もスーツケースの容量を考えて、替えの衣類は1週間分しか持ってきていないので、夜寝る前に浴室で手洗いしています。フランス人は節約家が多いのでしょうか。週一回はあまりにも少ないような気がするけど、洗濯物を干してあるのを見たことがないので謎の多い部分です。

アメリカ人のエレーヌさんは退職し、ご自身のルーツのあるフランスで余生を送ると決めたのだそう。なんと学校の一番上の階に住んでいるのだとか。通学は階段を降りるだけ。古い建物なので最上階の4階まではもちろんエレベーターは無し。天井も高いので階段の昇り降りは良い運動になりそう。

奈良出身の大学生のYさんは7月からサヴォア大学で1年間寮で生活しながら勉強するそうで、現在はホームステイ中。

ワーキングホリデー。ビザでやって来たKさんは、7月からパリので働くことが決まっていて、日本人の少なめの学校で集中的にフランス語を習得するために、トゥールのの学校を選んだそうです。

みんなの思いを叶えようという思いが感じられて、刺激を受けました。

フランスのランチ Plat du jour

私たちが入った旧市街のレストランは、近隣で働いている人々で賑わっていました。


豊かな自然が残るロワール川の恵みのおかげで、
トゥールには魚料理が豊富だそう。

Plat du jour(プラ・ドゥ・ジュール 本日も日替わり料理)はMoules frites(ムール・フリット、ムール貝とフライドポテト)でした。

ベルギー発祥のフランスで人気のランチ。鍋に山ほど入ったのが出てきます。

ムール貝が心底大好きで、山ほど食べてみたいと思っていたので、夢が叶って嬉しい。お腹いっぱいになるまでひたすたムール貝。 日本で売っているものの3分の1から4分の1と小ぶりだけど、味の濃厚さが感動的でした。

フライドホテトも今まで私が知っていたものとは別物で、ジャガイモの味が濃くて素晴らしかったです。さすが食いしん坊の国フランス。


フォークを使わずに、貝殻でムール貝の身をつまみながら食すのがフランス流。♬

デザートはモンブラン。
フランスのモンブランは、栗のクリームが薄茶色。栗は日本のが最高だと思っていたけど、フランスの栗も全然負けていません。

どっしり、日本のものより大きめ。
ビスケット生地の部分まで最上級。♬

アルコールは苦手だけと、味見程度にトゥレーヌ地方のワインも少しいただき、とても良い昼食でした。

人と出会って人を知り刺激を受けて、心の中に熱い思いが広がっていく。色々な人と繋がって世界を広げられる今の時代に生きられるのは幸せなことなのだとだと思った一日でした。


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2020年8月24日 追記 Le 24 août 2020 ,à Hayes

◾︎フランス人のお昼ごはん♪◾︎

私の周りは健康志向の人が多く、お弁当を作る人が増えています。日本のお弁当ブームの影響でしょうか。

メッスの劇場の前の花壇には、春から秋にかけて花やハーブが植えられ、市民のために大きなテーブルとベンチがいくつも並べられます。


街の中心なのに緑が多く静かで、去年までは夏の間に何度もここでピクニックしました。各自が食べ物を持ち寄って親しい人たちと集まるフランス風の外ご飯は素敵な文化。


去年の夏は、家でたくさんの料理を用意して、カートに大荷物を詰めてバスで劇場まで運び、お世話になっている図書館の人たちを昼ご飯に招待しました。

とても喜んでくれて、次の週に同じメンバーにレストランに招待されました。


フランス人のお弁当のメインはキッシュ(塩味のお惣菜タルト)やピザ、クスクス、サラダなど。

図書館勤務の友人ヴェロニックの作ったカボチャのファルシー

 

 

carottes rapées(キャロット・ラペ)は、生の人参を細長くすりおろしてドレッシングを和えたもの。
「セロリのサラダ」と同様、お惣菜屋さんでも」売られている人気のサラダです。

メッスのお惣菜屋さんのサラダ。
右下がキャロット・ラペ。右上がセロリのサラダ。


 

お弁当にもちゃんとデザートを持ってくるフランス人たち。

日本の食文化との違いを一番感じる部分です。

フランス人たちは素朴な昔ながらのお菓子が好き。
家庭の味、りんごのタルト。♬

 

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フランス留学★トゥール滞在記No.2フランス語学校初日レベル分けテストと自己紹介♬

2005年4月4日 月曜日

目次
 ◾️バスで学校へ
 ◾️トゥールのフランス語学校
  ⑴ 温かい受け入れとフレンドリーな校風
  ⑵ 新入生とレベル分けテスト
  ⑶ 初めての授業
  ⑷ アペリティフと自己紹介タイム

バスで学校へ

ホームステイ先に到着早々19時間通しで眠ってしまい、あっと言うう間フランス語学校の初日を迎えました。

学校のあるトゥールの中心まで、ホストマザーのモニックが一緒にバスに乗って連れて行ってくれると言ってくれました。

なんとうれしい提案。方向音痴の私にはありがたい。


ヨーロッパのバスは日本のようアナウンスがないので、土地勘がないと降りる場所を見極めるのが難しい。
バスで初めての場所に迷うわずに行けるか不安だったので、助かりました。

家から徒歩5分の車がほとんど通らない通りに、石造りのバス停がありました。

トゥールのバスは時間に正確だそう。

フランスのバスは前方から乗り込んで、最初に運賃を払います。

乗客は数人ほどで落ち着いた雰囲気。

窓の外に広がる街並みが美しく、あっという間にトゥールの旧市街に到着。

私が9ヶ月間通う私立のフランス語学校は、歴史的な地区の石畳の道に面した白い建物です。

トゥールの私立のフランス語学校

⑴ 温かい受け入れとフレンドリーな校風

呼び鈴を押すと笑顔の女性がドアを開けてくれました。校長のイザベルさんです。

モニックが私について説明すると、校長に話しかけられました。
言葉に詰まっていると、にこやかに「さあ、どうぞ」と中に案内してくれました。

ソファーやテーブルと本棚のある広間の奥に教室があり、レベル分けのテストがあるので中で待つように言われました。

既に、4人の人たちが緊張した面持ちで座っていました。

⑵ 新入生とレベル分けテスト

最後にアメリカ人の年配の女性が入ってくると、簡単なテストの説明の後に問題用紙が配られました。 

初級、中級、上級まで様々な問題があり、7ページ程。最後にリストにある題材の中から1つ選んで作文を書きます。

私は出発の1年半前にフランス語の勉強を開始しました。NHKラジオの「フランス語講座」で、文法の基本を学びました。
講師が素晴らしく、楽しく続けることができました。

勉強方法は、毎日15分間の番組を録音しながら聞いた後、例文を10回聞き、10回後について発音して、10回同時に発音。最後にひとりで10回会話文を読む。
単純だけど、効果的です。

NHKの語学講座は、テキストの価格が手頃で、語学の基礎を習得するのに最適。第二外国語の初級は半年間で、基本の文法を身に付けることができます。


私は英会話もイタリア語も、日本では語学学校に通わず、ラジオ講座だけで独学しました。
毎日続けていくと外国に着いた時に、文字通り言葉が口から飛び出します。なんとも言えず嬉しい体験。努力が報われる瞬間は嬉しいものです。

筆記テストが終わると、次は会話のテスト。
フランス語は発音が難しく、話すときは緊張します。

一人ずつ別室に呼ばれ、校長のイザベルさんの質問に答えました。

単語の勉強をする余裕がなかった私は、ボキャブラリーに乏しく、相手の言っていることは理解できるのに、頭に浮かんでくる言葉は英語やイタリア語ばかり。

答える気は満々なのに、言葉に詰まり思うように言いたいことがつながら無いのがもどかしい。

それでも、相手の言うことがほとんど理解できたことは、自分の中で嬉しいことでした。

⑶ 初めての授業

全員が会話のテストを終えると、初めての授業がありました。

先生はクリステティーヌという女性。
北海道の大学て、数年間フランス語を教えていたことがあるそうです。

まず先生がが自己紹介をし、
大きなテーブルを囲んだ6人が、一人ずつ自己紹介していきました。

左の一番前に座っていた私から始まりました。初級レベルといいうこともあり、言葉が通じない部分は笑顔でカバー。

一人一人が話している間に、先生が間違っているフランス語を直していき、一通り話し終わると、生徒たちの間違いを黒板に書いて、正しい言い方や自己紹介でよく使う言い回しを教えてくれました。
説明がわかりやすく、一時間半があっという間でした。

「次は、学校中のみんなの前で自己紹介をする時間です。がんばって」とクリスティーヌ。

⑷アペリティフ&フランス風な自己紹介タイム

教室の外のの広間には
ワインやシャンパンの瓶が並び、30人ほどの生徒や先生たちが集まっていました。

校長が新しい生徒たちへの歓迎の言葉を述べ、先生たちが自己紹介を始め、イザベルさんが飲み物やおつまみをすすめてくれました。

広間には2階に続く階段があり、舞台のように数段登って、生徒たちが一人一人全員自己紹介をしていきました。

温かい眼差しを向けて聞いてくれた皆のおかげで、緊張せずに話すことができました。人前で話すのは苦手だと思っていたけど、外国語で話すのはなんて楽しいのだろう。

一緒に授業を受けた仲間も、練習の時より上達していました。

この学校はスイスやイギリスの社会人の生徒が多く、年齢層が他の学校よりも高め。仕事で必要に迫られてフランス語を学びに来ている人や記号から派遣された人が半数以上でした。


私の場合、学校の選択基準は、大人の生徒が多いことでした。

自分自身がフランスへ行こうと思った年齢が高かったので、同じぐらいの年齢の人たちと一緒に勉強したり、週末を過ごせればと思っていました。

以前イギリスで英語と美術を勉強していた時に、ヨーロッパの人たちと親しくした思い出があるので、今回もそんな人たちが周りにいたら頑張れるのではと思いました。

素敵な人たちに囲まれて、フランスの暮らしが始まりました。
先生たちも親しみやすく、フランス語を話すのが楽しく、最初の3ヶ月間は特に上達を実感できました。

この学校のいいところは、ひとクラスは8人までの少人数制。私が入学した4月から6月までは、6人のクラスでした。

自己紹介が終わると、他の生徒たちと話す機会が持てました。

こっそり英語で会話していると、校長のイザベルさんがどこからともなく聞きつけて、
「ダメダメ。 フランス語で話して」と注意しに来ます。

拙いフランス語に、英語とイタリア語の単語を交ぜても、意外と話は弾むのは楽しい。

フランスに向けて出発するまでの1年半ほどの間、自分の時間は全てフランス語学習に充てていました。
自分との戦いの日が長かったので、再び外国語で人々とつながれることが心の底から嬉しい。
自分なり頑張ってきて良かったと思えた1日でした。

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2020年8月25日 追記

感染症の影響で、私が通っていたトゥールのフランス語学校は、現在オンライン授業のみですが、8月31日から通常通りのレッスンが再開されたようです。

外出禁止措置が解除された後、フランスは7月1日から外国からの留学生の受け入れを再開しました。

日本を含む12カ国からの入国者は、空港でのPCR検査も14日間の自己隔離もなく、自由にフランス国内に入国できます。

多くの国が外国に対して国境を閉ざしいる状況ですが、気をつけながら感染を回避することが可能になり、世界が再び繋がり、交流が再開することを心から祈っています。

フランスに到着♪【トゥール滞在記】No.1

2005年4月3日 【フランス留学生活inトゥール

シャルル・ド・ゴール空港からトゥールのホームステイ先へ

フランス上空を飛んでいる機内から撮影。まもなく着陸。
トゥールはどんな街なんだろう。ワクワクとドキドキが入り混じり、フランスに到着。

目次
⑴シャルル・ド・ゴール空港で迷う
⑵空港駅、フランス国鉄で切符を購入
⑶ホームステイ先へ電話
⑷列車でトゥールへ
⑸ホームステイ宅に到着

⑴ シャルル・ド・ゴール空港で迷う

緊張していたフランスの入国審査は、滞在先や学校のことを聞かれることもなく、パスポートに目を通しただけで一瞬で終わりました。


機内に預けていたスーツケースを受け取った後は、空港内の国鉄(S N C F)の駅へ。行き先はフランス中部のロワール地方の中心都市トゥールです。


シャルル・ド・ゴールは分かりにくい空港なので、方向音痴の私は少し不安。 


いろんな人に英語で聞き、空港循環バスの乗り場に到着。荷物が多くて汗をかきながら、空港駅行きのバスにに乗り込みました。

海外でバスに乗る時はいつも、運転手さんに目的地に着いたら教えてくれるように頼むようにしています。

アナウンスがないので、降りる場所を判断するのが難しいからです。

シャルル‥ド・ゴール空港は広いので、間違って降りると大変そう・・・。運転手さんに英語で駅に着いたら教えてくれるようにお願いしてみました。


しかし英語がわからないのか、応答なし。移民のような風貌の人でした。

周りは外国人ばかりで、誰に聞いても分からない・・・。仕方なく勘で降りたら、全然違う場所でした。

 

スーツケースと重い手荷物をバスから降ろすと、汗びっしょり。

異国で早々に途方にくれる私・・・。


思い切ってフランス語で道を聞いてみることにしました。

    

フランス語の勉強はラジオ講座で独学しただけなので、

フランス語を話すのはこの時が初めて。

文を組み立て、頭の中で何度もリピートし、感じ良さそうななビジネスマン風の人にドキドキしながら話しかけてみました。

 

しかし呆気なく、

「すみません、英語できないんです」と笑顔で申し訳なさそうに言われました。

私のフランス語は英語に聞こえたみたいです。


大きな荷物を背負ったカップルに、英語で空港駅までの行き方を聞くと、

「私たちも今、駅を探してるところ。一緒に行きましょう」と誘ってくれました。オランダから旅行に来たそうです。

いろいろ話しているうちにバスが来て、降りるとすぐに駅がありました。

 

もっと一緒に話していたい素敵なカップルでした。 ヨーロッパでは、旅先でのこんな小さな出会いがあるのが楽しい。

⑵ フランス国鉄(S N C F)の駅で切符を購入


シャルル・ド・ゴール空港駅に着いたのは朝の7時半ごろ。
    

窓口でトゥールまでの切符を購入。
この日は日曜日。 トゥールまでのTGV(特急列車)は午前中に数本ありました。     

昼頃にホームステイ先に着くのが適当かと思い、9時45分の列車にしました。     

空港駅からトゥールへは1時間ほど。片道30ユーロぐらいでした。     

空港駅からトゥール郊外のサント・ピエール・デ・コール駅まで行き、乗り換えて一駅です。

⑶ ホームステイ先へ電話

日本を出発する数週間前にホームステイの家族へ手紙を出すと、トゥール駅まで迎えに来てくれると返事をくれました。
    

2005年当時は、まだ空港内にたくさん公衆電話がありました。

売店でテレホンカードを買って、午前9時になるのを待ってからホームステイ先に電話をしました。
    

相手の言うこともわかり、こちらの言うことも理解してくれているようでした。     

長い時間空港にいましたが、あっという間に感じました。
    

空港内のシェラトンホテルのバーは、空港に早く着いた時に最適なのだそう。   

私の通うトゥールのフランス語学校の副校長は、このホテルのバーがお気に入りだそうです。出発前にメールで、是非利用するようにと勧められました。     

⑷列車でトゥールへ

列車からの眺めが素敵でした。     

1年半ぶりのヨーロッパ。長いようで短かった。     

イタリアから日本に戻った後、やはりヨーロッパで活動をしたいという思いが高まり、フランス語の勉強を始めました。
    

パリ郊外を通り過ぎると、延々と続く田園地帯。

春の色が目に眩しい。     

 

懐かしくて、いとおしくて、わくわくする。 

初めて見るフランスの田舎の景色に感動。   イギリスともイタリアとも違っている。

  

フランスの独特な色合いと空気。時間を忘れて景色に見入っているうちに、サント・ピエール・デ・コール駅に到着。
    

荷物を列車から降ろすと、すぐに声をかけられました。     

ホストファミリーのお父さん、ジャックさんでした。     

荷物を持ってくださるジャックさんと駅の外に出ると、車の横で奥様モニックさんが笑顔で温かく迎えてくれました。
    

途中、トゥールの街の中心を通って、街を案内してくださいました。月曜日から私が通うフランス語学校の前で車を止めて、場所を教えてくれました。   

日曜日でお店は閉まっていましたが、学校のある旧市街は素敵なところでした。

そこから15分で、トゥール郊外のサンシールという町にある、ジャックさんとモニックさんのお宅にに到着。

どの家も塀が高く、通りから中が全く見えない。高級住宅地のようです。

⑸ホームステイ先に到着    

ホームステイの先は、前庭のとても広い白くて美しい一軒家。

キッチンの大きな窓から見える裏庭には、大きなサクランボの木がありました。
    

お茶を入れてくださり、少し話をしました。
    

「スーツケースの中身を片付けたら、軽く何か食べる?」と2階の私の部屋へ案内してくれました。     

清潔感あふれる快適なお宅と、穏やかそうな人柄のホストファミリーに一安心。楽しい滞在ができそうです。
    

片付けを終え、少しベッドの上でぼーっとしました。     

クアランプル経由の、乗り継ぎの待ち時間が長い旅でした。横になるのは24時間以上ぶり。     

「少しだけ休んだららシャワーを浴びて、一階に降りていこう」。
    

気がつくと、少し眠っていたよう。     

窓から清々しい光が差し込み、小鳥のさえずりが耳に心地いい。 

時計を見ると7時。
    

この家に着いたのはお昼ごろ。7時間も眠っていたよう。   

ヨーロッパは3月下旬に夏時間になると、夜7時でもまだ明るい。
    

1階に降りて行くと、モニックさんに「朝ごはん食べる?」と言われました。     

「昨夜、降りてこないから、部屋を見に行ったらよく眠ってた」。
    

日曜日の昼から月曜日の朝まで19時間、一度も目が覚めなかったとは、我ながら驚きました。

学校のクラス分けのテストは、月曜日の午前9時から。2時間もなかったので、急いで身支度をしました。    
    

読んでくださり、ありがとうございます。

↓追記 フランスの朝ごはん

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2020年8月23日 追記

フランスの朝ごはん


フランスの朝ごはんは、甘いものとコーヒーが一般的。     

フランスのジャムは果物の味が濃い。自家製のジャムは、
果物の粒がそのままゴロゴロ残っていて、おいしいです。市販品とは全くの別物。
パンもバターも格別です。

フランス人は、日本やイギリスのように卵や塩味のものを食べません。 朝から塩味のものを食すことは、ありえないことなのだそうです。

私が滞在したお宅では甘いパンやジャム、クッキーのようなお菓子とカフェオレを出してくれました。     

日本人の感覚からすると、ちょっと物足りないと思う人も多いかもしれません。
    

最近の記事

念願の小包 その1【ロレーヌ地方の田舎暮らし】

2020年8月7日 【ロレーヌ地方の田舎より】

ふと窓の外を見ると、黄色い車がやって来るのが見えました。フランスで黄色といえば郵便局。

「うちかも知れない!」と思い、急いでマスクと手袋を用意した瞬間、呼び鈴が鳴りました。「日本からの小包に違いない』、留守と思われては大変。

2階の窓を開けて、「今行きます」と声をかけると、配達員の女性が懐かしい「ゆうパック」の箱を玄関先におろしているのが見えました。

日本からの荷物を受け取る時はいつも心が踊りまが、4ヶ月待ちわびた今回は尚更。感無量です。

フランスで日本からの小包を受け取るときは、配達の人のスマホの画面に指でサインをします。ゴム手袋をつけた指ではサインができず、持参のボールペンの先でもダメでした。

「これで試してみて」と差し出されたフリクション・ペンの消しゴム部分でしてみたら成功。さすが配達員さん。

別れ際には笑顔で「Bonne journée !ボンヌ・ジュルネ(いい日を)」と挨拶するのがフランス流。

外国暮らしで夢見る日本の本屋さん

 一時帰国の私の大きな楽しみの一つは書店通い。
毎日どこかの本屋さんに3、4時間は入り浸っています。外国生活の長い身にとっては至福の時間。 新刊が普通の値段で、しかもその場ですぐ買える喜び。その上お店は遅くまで開いている、なんて素晴らしいのだろう。帰国の度に嬉しくて仕方がない。ずっと欲しかった本を本屋さんで見つけた時の興奮は言葉にできません。

コロナ禍の国際郵便事情

 7月に入って、日仏間にエールフランスなど欧州系の飛行機が週5便以上飛ぶようになりました。これはチャンスと思い、日本の家族にフランスまで国際郵便を送ることができるか郵便局に問い合わせてもらいました。

時間は以前よりはかかるけど普通に送れるとのこと。3箱送ってもらい、今回届いたのは、その内の一つ。

箱の中には、去年の12月から今年の3月初めまでの一時帰国中に選んだ本が詰まっています。一度手放したものの、もう一度読み返したくなった本もあります。それぞれの本を手にした時の気持ち、お店の様子、日本の空気感が、1冊1冊の表紙を見ると鮮明に思い出されます。本と一緒に詰まっていた4ヶ月前の自分の思いが眩しかったです。

小包は3月中旬にフランスに戻った後、すぐに日本の家族に送ってもらうつもりでした。

しかしフランス到着後、事態は急変。到着した夜には大統領宣言があり、2日後には唐突に外出禁止令が発令。日本とフランスを結ぶ飛行機はほとんどなくなり、人も物の移動も自由にできない事態になりました。

日本から届いたばかりの本を眺めていると、希望に満ちた当時の自分の気持ちが蘇ってきます。太陽の光に溢れた日本の冬。冬でも緑や花のある温暖な日本。外国の暮らしが長くなるほどに、日本の良いところを発見し、日本人として生まれてきて本当に良かったという思いが年々強くなるように感じます。

外出禁止中は、人里離れた田園地帯には交通手段が全く無くなり、食料の買い物も行けない状況に陥ってしまいました。幸い数週間分の食料は前日に手に入りましたが、無事に生き延びることができるのか心許無い気持ちで過ごしました。最初の1週間は気分的にに大変でしたが、フランスの友人と日本の友人知人とインターネット上での交流と励ましの言葉に本当に救われました。

厳しい外出制限を経験して、どんな状況でも快活な心を持つことの大切さを痛感。不安とどう向き合うか、物の見方や生き方を以前より意識するようになりました。